講座の沿革

内科学講座呼吸器・アレルギー・膠原病内科分野
(旧内科学第三講座)沿革

当分野は昭和31年に故光井庄太郎教授により第三内科として創設された。光井教授は昭和13年九州帝国大学を卒業後、楠五郎雄教授のもとで気管支喘息、若菜病、消化性潰瘍、糖尿病などの幅広い研究に従事、後進の指導にあたった。本学へは倉光宏助教授と共に赴任し、教授以下6名という小人数の医局で出発した。研究面での特記すべきことは、当時広島で牡蠣の打ち子(牡蠣剥きに従事する女性)にみられた喘息発作の原因が牡蠣の殻に付着する“ほや”に感作された “ほや喘息”であることを解明したことである。

昭和54年順天堂大学医学部の田村昌士助教授が教授に迎えられた。田村教授は昭和29年東北大学医学部を卒業し、第一内科で研究ののち虎ノ門病院呼吸器内科にて沖中重雄、本間日臣両先生のもとで臨床・研究を続け、昭和50年には順天堂大学医学部呼吸器内科助教授に就任した。田村教授は間質性肺炎・過敏性肺臓炎(“農夫肺”)の解明に尽力した。

平成23年には山内広平教授が本学准教授より主任教授に就任。山内教授は昭和51年東北大学医学卒業。井上前教授と同じく第一内科で研究に従事し、昭和59年米国NIHへ留学し昭和62年帰国後、第一内科で気管支喘息のサイトカイン、接着分子についての研究を行い、平成7年より本学に助教授として迎えられ、井上教授のもと研究、教室運営に尽力した。教授就任後は、喘息と遺伝子多型との関係、アレルギー性血管炎マウスモデルの作成などの研究成果を報告した。また、びまん性肺疾患・膠原病・遺伝子疾患・肺がんの幅広い領域の診断・治療を推進し、地域医療のレベルの向上・発展にも貢献した。

平成29年からは、宮城県立がんセンターより前門戸任教授が赴任した。前門戸教授は平成元年に自治医大卒業後、青森県で9年間の義務年限終了後に東北大学加齢医学研究所に進み、主に肺癌基礎研究に従事した。宮城県立がんセンターではNEJ002試験をはじめ数多くの臨床試験の中心となって活躍した実績があり、本学呼吸器・アレルギー・膠原病内科の歴史に肺がんの研究成果が加わることを期待したい。

歴代教授

  • 昭和31年11月〜昭和53年3月

    初代光井 庄太郎教授

  • 昭和54年10月〜平成5年3月

    第二代田村 昌士教授

  • 平成5年8月〜平成22年3月

    第三代井上 洋西教授

  • 平成23年1月〜平成29年3月

    第四代山内 広平教授

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